われ巣鴨に出頭せず―近衛文麿と天皇



われ巣鴨に出頭せず―近衛文麿と天皇
われ巣鴨に出頭せず―近衛文麿と天皇

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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罪のなすりつけという仮説には共感できない 二人の運命を分けたのは…

私は、常々、対米戦争という国家破滅の愚行に至った直接の原因は中国侵略にあると思っている。太平洋戦争は、米国に追いつめられ、民族の存亡を賭けて戦わざるを得なかった自衛の戦争である、などという白々しい弁明は、それこそ日本側の「東京裁判史観」であって愚劣極まりない。こういう考えを持ち上げる輩を苦々しく思ってきた。

だから、日米交渉打開のかぎは中国撤兵の是非にあったとする本書の歴史観には大いに共感する。この決断ができなかった状況を、陸海それぞれの自己保身的な軍官僚の発想や二・二六事件以来の統制派と皇道派との派閥抗争などの暗闘から説明している部分は、なかなか説得力があり筆致が冴える。

かといって、開戦前の首相である近衛が一身を賭して撤兵を主張したとか、終戦直後の木戸が自らの責任を転嫁するために近衛を陥れるようなでっち上げをしたとの仮説にはあまり共感できない。木戸自身も絞首台はかろうじて免れたもののA級戦犯として終身刑を宣告されている。まんまと罪を逃れられるような立場ではなかった。木戸は天皇を庇護する神話作りで一貫しており、早々に退位論に傾いた近衛は切り捨てざるを得なかったのだと思う。親族を巻き込んでの私怨はらしなどでもない。

いずれにせよ、鼎立していた行政権と両軍の統帥権を最後に統べる昭和天皇の開戦責任は論理的には免れなかったはずだ。二人の運命を分けたのはどう天皇を守るかだった。開明的で沈着な一方は、天皇退位は免れないという責任論に矜持を保ち、忠義一辺倒の一方は、開戦=無力、終戦=聖断という昭和天皇神話に賭けた。GHQの軍政トップは早くから反共と象徴天皇を構想していたのであり、容共で急進的な民政派は狂言回しに過ぎない。結局、開明派よりも守旧派が生き残ることになったのはよくある歴史の皮肉としか言いようがない。

天皇を救ったのは中国内戦であり、冷戦だった。近衛や木戸が黙して語らなかったのは、陸軍の暴力を恐れ国家主義者の激昂に怯え中国撤収の優諚を口にすることを受け入れなかった昭和天皇の生々しい言動だったのだと思う。
見直される貴種の政治家、近衛文麿

近衛文麿の評伝としては昔、岡義武著「近衛文麿?運命の政治家?」(岩波新書、1972)を読んだことがある。近衛は2.26事件後に、青年貴族宰相として国民の期待を担って登場したが、蘆溝橋事件に始まる支那事変を軍部の独走を抑えきれずに拡大させて政権を放り出し、結果として日米開戦に至らしめた優柔不断の政治家という印象が一般的であろう。そして戦後はGHQから戦犯容疑者に指定されて自ら毒を仰いで自裁したとされる。

本書は近年になって明らかになってきたソ連そして毛沢東による国際共産主義の諜報・謀略活動が満州事変以来の歴史の底流にあることを踏まえないと昭和史や近衛を正しく理解・評価できないことを語っている。
近衛は、結果としてコミンテルンの手のうちで踊らされた悲劇の政治家ということになろうか? 戦争末期にはいわゆる「近衛上奏文」を天皇に上奏し、敗戦後はマッカーサーに共産主義の脅威を説いた。そして新憲法制定を要請されたが、戦犯容疑を受けて挫折した。この裏にはGHQの一員として来日したカナダ人、H.ノーマンの暗躍があり、本書はその詳細を描く。ノーマンと都留重人の関係はよく知られているが、木戸幸一の関係が興味深い。

近衛の評価は、今まで不当に貶められていた感がある。時代と格闘し、敗戦後も日本の尊厳を守るため毅然として行動した貴種の政治家、近衛は見直されるべき時期にきている。なお、本書が東條英機、松岡洋右に対して紋切り型で冷たいのが少々気にかかる。

いつの時代もマスコミは…

五摂家筆頭の近衛文麿公の生涯を通じて満州事変から敗戦、そして彼の自決に至るまでの
軌跡を綿密に記した作品。
近衛公を始め昭和天皇、東条首相、木戸内大臣など戦前昭和史の重要人物の政治的動向を
把握するには最適の書である。
長編であるが読み始めると一挙に読み通せる魅力がある。

近衛公の私生活の紹介も含めて、人間性の評価に示唆を与えているが、明確にどういう人物像
だったのか総括するのは難しい。軍部に押されて優柔不断に戦火を広げただけという単純な
歴史的評価は酷な気がするが、真剣に終戦に向けて捨て身になって政治的努力をしたという
姿勢も感じられない。文中の「もう少し国内で犠牲が出れば軍部も終戦に納得するだろう」と
いう言の裏で、どれほど実際の「避け得た」犠牲が生じたかと思うと憤りすら感じる。

彼の弱さは公家出身だからというより、信念をもって強権と真っ向から闘うことを避ける、
ひとりの調和を好む人間の弱さでしかないように感じられた。
理解はできるが果たして国難を前にした政治家として適切だったのであろうか…。

本題からそれるが、いつの時代もマスコミは時勢に合わせて人を持ち上げたり、
貶めたりするものであるようだ。
事実誤認も

 筆者が史料に基づかず憶測で語る場面が多く、基本的な事実の誤認も見られる。東久邇宮内閣の小畑敏四郎国務相に関して「皇道派が入閣したのは、実に斎藤実内閣での荒木貞夫陸相以来のことだった。」(376頁)とあるが、実際にはその後の近衛内閣で荒木や柳川平助が入閣している。今回、新たに発見された戦略爆撃調査団による尋問録の箇所を除けば、歴史書としての価値は低い。ただ、ノンフィクションとして読めばそれなりに楽しめるのかも知れない。
今、見直すべき戦前・戦中史

近衛家は藤原鎌足から繋がる天皇家の補佐役である五摂家の筆頭という名門中の名門であり、近衛文麿は公家の弱さを背負いつつ、戦前・戦中の首相を何度も務めた人物というのが、(自分を含めた)一般人の歴史認識ではないかと思われる。
白洲次郎関連の書籍を読み、「歴史は生身の人間が作るもの」と再認識し、本書にも興味を感じた。戦後60余年を経過し、戦前・戦中は遠くなってしまったが、新たな史料の発見もあり、今こそ当時の歴史を再発見・再確認すべき時期に来ているように思われる。

特に本書では、日本の首脳が米国との開戦を避けようとしたにも拘らず、結局避け切れなかったという歴史的疑問に対する答と、支那事変、三国同盟、南進政策に微妙な影響を与えたソ連のコミンテルンの関わり等、日本の外交に比べたソ連外交及びインテリジェンスの巧妙さを改めて知る機会となった。

極めて人間的・心理的な側面としては、昭和天皇を巡る東条英機、木戸幸一と近衛文麿との微妙な距離感が興味深く、それらもまた日本の歴史を大きく変えた一つの要因と考えると、あまりに生々しいドラマである。

最後に、戦犯に対する評価・評定も人間が行うものであり、それに各々の思想・信条が大きく影響し、中でも共産主義者が至る所で重要な役割を果たしていたことは、今となっては隔世の感があるが、それが当時の状況であったということも極めて興味深い。いずれにしても、昭和史を見直してみるには必読の書と思われる。




日本経済新聞社
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